脱毛症の根本治療の可能性

 細胞を再生させる再生医療は皮膚や臓器などで盛んに研究が進められています。細胞の再生による毛髪の復活は多くの人が望むところではあるものの、根本的な解決法としての自毛植毛があったり、技術的なハードルがあったり、なかなか再生医療としての研究が進んでいない状態でした。しかし、ここにきて、ひょっとすると将来的に自毛植毛を脅かすかもしれないという研究成果が国立研究開発法人である理化学研究所の国際共同研究グループから発表されました。

再生医療の研究が毛髪で進められている

 研究成果というのは、毛髪を作る器官の毛包を繰り返し再生させる細胞を、その能力を保ったまま体外で大量に増やす方法の研究です。マウスの実験で効果とともに安全性が確認されていて、臨床研究の準備段階で、共同研究企業を探すところまで進められました。この研究によって脱毛症治療への応用が実現すれば、世界初の複数種の細胞からなる器官を丸ごと再生させる再生医療となることで、非常に注目度が高まっています。
毛髪そのものは抜けても生えてくることから、再生する器官という印象が抱かれています。動物のほとんどの器官は受精卵から増殖していく発生の段階で形作られていくものの、出生後に作り出されることはありません。唯一の例外が毛根の付け根にある毛包で、周期的に退縮と再生を繰り返していきます。その結果として毛髪が生え替わるので、印象どおりの毛髪の再生を起こしているわけです。
毛包は皮脂腺や毛包上皮幹細胞が存在するバジル領域を含む不変部と、毛髪を作り出す器官である毛球部を含む可変部に分けられますが、マウスでは約3週間、人間では5〜7年周期で退縮と再生を繰り返す毛周期(ヘアサイクル)によって毛髪が生え替っています。この過程で毛包上皮幹細胞と毛乳頭細胞が相互作用することで毛包器官が再生されています。
そこまではわかっていても、どうして再生するのか、基となる未分化の細胞である幹細胞が複数の種類あるうちの、どれが関係しているのかというメカニズムは解明されていませんでした。そのために、さまざまな再生の方法が手探りで行われてきたところがあります。
皮膚の毛包は毛髪を作る小器官で、触覚を感知する感覚器官ともなっています。接続する立毛筋の収縮によって体温調整を行っていることも知られています。周期的に毛髪と毛包を再生することから、幹細胞、器官再生、細胞分化研究もモデルとしてよく使われています。この毛包の周囲の基底膜は、細胞外マトリックスと呼ばれる細胞外に存在する細胞とは異なる構造体で、100nm(ナノメートル)程度の薄いシート状をしていて、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、神経細胞、脂肪細胞などの足場となっています。
基底膜は異なる組織をつなぐ組織間インターフェースを形成していることを理化学研究所は明らかにしています。
ちなみに、1nmは1mの100億分の1の大きさです。数字だけではわかりにくいので地球の大きさと比較すると、地球の直径を1m(メートル)とした場合に1nmは1円玉の半分の長さということになります。

人間の毛髪への効果を確認

 体の多くの臓器では、異なる組織が組み合わさることで、それぞれの臓器の固有の機能が生み出されています。同じ種類の細胞であれば混ぜるだけで容易に凝集して塊を作りますが、異なる細胞同士が、どのように一体化した臓器を作るのかは解明されていませんでした。
それぞれの組織は基底膜で覆われて、他の組織と隔てられていますが、基底膜は均一な成分ではなく、場所によって組成が違っています。国際共同研究グループは、さまざまなタイプの組織間相互作用を持つ毛包をモデルとして、組織間相互作用に特化した基底膜インターフェシスの分子組成を網羅的に調べていきました。
マウスから採取した毛包幹細胞の集団に対して、与える栄養などを変えた約220通りの培養が試みられました。その結果、特定の条件で6日間に約190倍に増えることが突き止められました。この条件で培養した幹細胞集団の能力を調べたところ、81%で3回以上、毛が生え替わりました。また、幹細胞集団から1種を除くと、3回以上生え替わる毛包が激減しました。この試験によって、毛包幹細胞集団の培養条件や再生に必要な幹細胞が特定されました。この培養条件は、人間に由来する細胞にも効果があったと報告されています。
さらに、この幹細胞がマウスの体毛や人間の毛髪の毛包の特定部分に存在することも解明されました。この部分にはテネイシンと呼ばれる糖タンパク質があり、この幹細胞の維持に役立っていることも判明しました。
詳しい研究報告は理化学研究所の研究報告「異種組織を一体化する細胞外環境の特性を解明-毛包周囲の基底膜が多様な組織間インターフェースを形成する-」をご覧ください。
今後、自毛植毛手術の在り方にも影響を及ぼす研究かもしれません。

異種組織を一体化する細胞外環境の特性を解明
https://www.riken.jp/press/2021/20210510_1/index.html